Episode38  せがれの旅立ち   2004/5/7

昨日、この春に高校を卒業したせがれが、ニュージーランドに出かけた。若者の特権たるワーキングホリデーで1年間旅行をしてくるのだという。
無論英語などまともにできるはずもないので、3ヶ月間フルタイムで英語学校に通う。
3月に札幌を引き上げておよそ1ヵ月半ほど自宅でぶらぶらしていたのだけれど、久しぶりに家族3人が顔をそろえた生活になった。家族がそろうというのがこれほど居心地がいいものだとは思わなかった。

一昨年の夏、札幌に送り出したときもさびしかったけれど、今回のニュージーランド行きというのは、これはかなり堪える。
地球儀を引っ張り出してその遠さに愕然としている。
札幌であれば、あるいは国内であれば何かあったらすぐにでも飛んでゆくことが可能だ。しかし、ニュージーランドなると、話はいささか違ってくる。

要するに子離れがまったくできていなかったのだということに改めて気がついた。
私のお下がりのノートパソコン(このパソコンは有珠山のときに避難用にと、某東北大学の某教授にいただいたものだ)と、愛用のギターのほかに持っていったものは、着替え5セットとMP3データ数千曲の入ったHDDプレーヤー、電源が違うのでそれを適合させるためのトランスとプラグだけである。

小学校2年生の時から一人で小樽のばあちゃんのところに電車を乗り継いで出かけたり、ジュニアパイロットで東京まで出かけたり、中学2年のときに苫小牧発のフェリーで名古屋まで出かけたりと、自立心旺盛であった。
その意味で冒険を苦にするようなことはなかった。

そのように、育ててしまったのだ。忙しさにかまけて家族旅行など数えるほどしかしたなかったことが悔やまれるような、あるいは、だからこそ今のせがれがあるような複雑な心境である。

せがれはニュージーランドに直行する便よりも、台北で2泊できる便を選んだ。2泊分の宿泊費が入っても直行便りも安いということもあったのだが、とにもかくにも違うところに余計にいられるというのがやつにとっては魅力的であったのだろう。

青年は、ただの一度も振り返らずにすたすたと出かけていった。


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