Episode80 三宅島に行ってきたのであった その2 2005/6/2

東海汽船から見た三宅島である。
中央の山が、といっても山は一つしかないけれども、今回噴火して大陥没し、有毒ガスSO2を吐き出しながらカルデラを形成しつつある雄山である。ガスの濃度は所によっては5ppmに達することもあるという。
しかし島に戻った人は、ガスなんかものともしないのだ。
ガスなんかを気にしていては生きてゆけないのだ。
九州の桜島しかり、阿蘇山しかり。

山頂部分にはいつも雲がある。時としてこの雲が見る間に吹き上がることがある。その下で、農家が土を耕し、漁民が網を引く。役場の職員は復興のために汗にまみれ、クサヤ製造の清漁はタレにシマアジを浸し、小学生はガスマスクを腰にぶら下げて学校に通うのだ。
表面的には、普通の当たり前の暮らしがある。
けれども、噴火前の人口の半分しか島には戻ってきていない。5年の月日が経過したのだ。それぞれがそれぞれの思いと暮らしを背負って普通に暮らしているのだ。
今われわれにできることは、三宅島を忘れないこと。三宅島に遊びに行くこと。三宅島の産物を大いに消費することだと思う。それは、新潟の大震災の被災地についても同じことが言えると思う。

厳しい写真は敢えてお見せしないのだ。
厳しいところはぜひともご自分の目で見ていただきたい。
ここも東京都である。


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